今までの私にとってコーヒーは、
ずっと単なる「飲み物」でしかなかった。
眠気を覚ましたい朝。
食後の一杯。
なんとなく飲むもの。
それ以上でも、それ以下でもなかった。
だから、自分で豆を挽こうなんて思ったこともなかった。
でも、
カリタのドリッパーに出逢ったとき、その美しさに一目惚れし、
「私もこの子で優雅にコーヒーを淹れてみたい。」
そう思った。
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思い立ったが吉日。
さっそく道具を一色揃える。
届いてすぐに、
コーヒーを淹れてみることにした。
まずは、豆から。
ミルに豆を入れて、ゆっくりハンドルを回す。
手のひらに伝わる心地よい振動。
木のぬくもり。
部屋に広がる香りと音。
その時間が不思議なくらい心地よかった。
初めての経験に、なんとも言えないワクワク感を味わった。
挽き終わる頃には、部屋いっぱいに香りが広がっていた。
まだ一口も飲んでいないのに、もう幸せだった。
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お湯は九十度。
少しずつ、ゆっくりと注ぐ。
ふわっと膨らむコーヒー粉を眺めながら、静かな時間が流れる。
ただ、お湯を注ぐ。
ただ、香りを感じる。
それだけなのに、心が満たされていく。
便利さだけを考えたら、もっと早い方法はいくらでもある。
でも、この時間があるからこそ、一杯のコーヒーは特別だった。
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初めて口にした瞬間、思わず感激した。
まろやかな苦味。
鼻に抜ける香ばしい香り。
体と心がゆっくりとほどけていく感覚。
そのとき、ようやくわかった。
「コーヒーって、こんなに美味しかったんだ」
今までこんなにじっくりと
味わったことがあっただろうか?
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好きなのは、完成品だけじゃない。
ミルを回す感触。
広がる香り。
ゆっくりと待つ時間。
その全部が、私のお気に入りになっていた。
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ひとつ気づいたことがある。
私は昔から、「素材そのもの」を味わうことが好きだった。
派手な味付けじゃなくて、もともとそこにあるおいしさを楽しむ料理。
コーヒーも同じだった。
豆そのものが持っている香りや味を、ゆっくり引き出していく。
もともとある良さを、丁寧に味わう。
それが、最高に贅沢だと感じた。
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思えば、最近の暮らしも同じだった。
花を飾る。
お気に入りの道具を使う。
ノートを開く。
モルが気持ちよさそうに眠る姿を眺める。
どれも何か新しいものを手に入れたから幸せなんじゃない。
その時間を、ちゃんと味わえるようになったから幸せなんだ。
一番身近にあった小さな幸せ。
それらを感じ、受け取る心が、ようやく少し育ってきたような気がしている。
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手間は、決して無駄なんかじゃない。
手間は、愛着になる。
時間をかけたぶんだけ、心がそこに宿る。
暮らしも、人との関係も、
そうして育てていきたい。
一杯のコーヒーを淹れただけなのに、その日は暮らしがとても豊かになった気がした。
たぶん私は、コーヒーが好きなわけじゃない。
暮らしを味わうひとときが、好きになったんだ。


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