タロットの勉強をしている最近。
今日学んだのは、
顕在意識・無意識・潜在意識という三つの層から、自分の本質を探っていくサイコロジースプレッド。
これを使って「天命」を読むことができるらしい。
「私の天命って、何だろう」
そんな問いを胸に、タロットカードを引いた。
現れたカードは、ソードの2逆位置、ペンタクルのキング逆位置、そして節制だった。
一つに決められない私
顕在意識に出たのは、ソードの2・逆位置。

どちらへ進めばいいのか分からず、考えれば考えるほど動けなくなる。
けれど、いつまでも決めずにいることにも耐えられない。
まさに今の私のようだった。
私は、いろいろなことに興味を持つ。
絵を描く事が好き。
文章を書くことも好き。
タロットを読むことも、ウクレレを弾くのも、暮らしについて考えることも好きだ。
けれど何かに夢中になるたびに、「これこそ天職かもしれない」と期待しては、やがて別のものに心を惹かれていく。
天命というものは、ただ一つの仕事に生涯を捧げることだと思っていた。
だから一つに決められない私は、どの道にも本気になれていないような気がしていた。
形のある安心を求めて
無意識に出たのは、ペンタクルのキング・逆位置。

私は、目に見える確かなものに安心を求めやすい。
収入、肩書き、成果、所有しているもの。
自分のしていることが形になれば、「これでいい」と思える気がする。
反対に、成果が見えなければ、自分の歩いている道まで間違っているように感じてしまう。
天命を知りたかったのも、本当は「これがあなたの道です」という確かな答えが欲しかったからかもしれない。
一つの仕事に決めて、それをきちんと続け、目に見える成果を残す。
そうすれば、もう迷わずに済むと思っていた。
魂が持っていた「節制」の性質
潜在意識に出た大アルカナは、節制。

二つの杯の間で、水を混ぜ合わせている天使のカードだ。
節制は、異なるものを調和させ、ちょうどよい形に整える。
どちらか一方を選ぶのではなく、それぞれの性質を生かしながら、新しいものを作り出していく。
このカードを見て、私は初めて気がついた。
私の天命は、講師、書き手、タロットリーダーといった、一つの職業の名前ではないのかもしれない。
講師として子どもの混乱を整理する。
文章によって、曖昧な感情に言葉を与える。
タロットを通して、その人の心に合った道を一緒に探す。
暮らしについて発信し、無理をせず心地よく生きる方法を考える。
していることは違っても、その奥には同じ願いが流れている。
「迷いや偏りを穏やかに調整し、その人らしい心地よい生き方へ導く」
それが、私のさまざまな活動をつないでいた。
器は変わっても、注ぐ水は同じ
私は、マルチポテンシャライトなのだと思う。
マルチポテンシャライトは、一つの分野だけを深く掘り続けるのではなく、いくつものことに興味を持ち、それらを結びつけながら自分らしい道を作っていく人を表す。
これまでは、興味が移り変わるたびに、また一つのことを続けられなかったと落ち込んでいた。
けれど節制のカードは、「一つに絞らなくてもいい」と教えてくれた。
講師、文章、タロット、絵、そして暮らし。
それぞれは、私が思いを届けるための器なのだ。
器の形は変わっても、その中へ注いでいる水は同じ。
誰かを強く引っ張るのではなく、その人の中にある混乱を一緒にほどいていく。
正しい道を教えるのではなく、その人にとって無理のない、心地よい道を一緒に探していく。
そして、「自分に合った生き方を選んでいい」と伝える。
天命とは、たった一つの職業を見つけることではない。
何をしているときにも、自然と繰り返してしまう自分らしい役割を知ることなのかもしれない。
一つに絞れないことは、迷いではなかった。
さまざまな経験を混ぜ合わせながら、自分にしか作れないものを生み出していく。
それがきっと、節制を魂に持つ私の歩き方なのだと思う。


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