少し前、宝くじを買った。
10枚、3,000円分。
どうしても当てたい、というよりは、
なんとなく、お祭りに参加するような気持ちだった。
「当たったら何しよう?」
そう考えるだけで、なんだか楽しかった。
好きなものを買おう。
自分の居場所にも還元したい。
みんながびっくりするようなこともしてみたい。
そんなことを考えていたら、
まだ一円も当たっていないのに、
ずいぶん楽しませてもらっていることに気づいた。
「これ、もう3,000円分くらい楽しんだんじゃない?」
なんて笑ってしまった。
⸻
以前の私だったら、
期待することが少し怖かった。
「どうせ外れるでしょ。」
そう思っておけば、
外れたときに傷つかなくて済む。
期待して、楽しみにして、
それでダメだったら、
なんだかバカみたいな気がしていた。
だから、嬉しい未来を想像しながらも、
どこかで自分にブレーキをかけていた。
⸻
でも今回は、
不思議なくらいワクワクしている。
当たったら、全力で喜びたい。
「やったーーー!」って。
そして外れたら、
全力で悔しがろうと思う。
「くやしいーーー!」って。
どっちでもいい、とは思っていない。
そりゃあ、もちろん当たってほしい。
でも、
どちらになっても、
今ここにある幸せまでなくなるわけじゃない。
そう思える。
⸻
少し前に、
「豊かさは川みたいなものなのかもしれない」
ということを書いた。
豊かさをどこか遠くから引き寄せるのではなく、
私はもう、
とっくにその川の中に立っていた。
最近、その感覚が少しずつわかってきた気がする。
⸻
好きなものを選べる。
欲しかったものを買える。
コーヒーを飲みながら、好きなことを考える時間がある。
誰かに何かをしてあげたいと思えるくらい、心にも余白がある。
私はもう、
思っていた以上に豊かだった。
だから今回の宝くじも、
「これが当たれば、私は豊かになれる」
というものではなくなった。
すでに豊かな私が、ちょっとしたお祭りを楽しんでいる。
そんな感じ。
⸻
そう考えると、
「引き寄せる」という言葉の意味も、
私の中で少し変わってきた。
豊かになるために、
必死に豊かな未来を想像することでもなく。
「絶対叶う」と、
自分に言い聞かせることでもなく。
今ここに流れている豊かさに気づいて、
「ああ、幸せだなあ」
と味わうこと。
そして、
「次は何が流れてくるんだろう?」と
ワクワクしながら暮らすこと。
そんなものなのかもしれない。
⸻
今日、宝くじの当選発表がある。
もちろん、
当たってほしい。
当たったら全力で喜ぶ。
外れたら全力で悔しがる。
でも今、
結果を見る前の私は、
なんだかすごく楽しくて、
すごく満たされている。
それが、何より嬉しい。
もしかすると、
私が欲しかった「豊かさ」って、
こういう感覚だったのかもしれない。
⸻
豊かさの川は、今日も流れている。
私はその中で、
次は何が流れてくるんだろう、と
わくわくしながら待っている。
そして、ときどき流れてきたものを拾って、
誰かに渡したり、
自分で大切にしたり、
また川へ返したりする。
そんなふうに、
豊かさと遊びながら生きていけたらいい。


コメント