最近、ふと思ったことがある。
私はずっと、「豊かさを受け取りたい」と思っていた。
でも、「受け取る」という言葉に、どこか引っかかる自分もいた。
誰かから何かをもらうような感覚。
「こんなにもらっていいのかな。」
「私なんかが受け取っていいのかな。」
そんな、小さな罪悪感。
だから、豊かさを前にすると、どこか遠慮してしまう自分がいた。
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ある日、とある話を聞いた。
そのひとは、豊かさのことを
「川」と表現していた。
そのとき思った。
私にしっくりくるのは、
豊かさを「受け取る」という表現ではなく、
「豊かさの川に入っていく」
というイメージなんだ、と。
川は、誰かのものではない。
流れ続けていて、
そこに足を入れる人を選ばない。
水は、
「あなたにはあげます。」
とも、
「あなたにはあげません。」
とも言わない。
ただ、流れている。
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そう考えたとき、
私は急に肩の力が抜けた。
受け取るのではなく、
もともと流れているものの中に、自分も入っていけばいい。
その方が、ずっと自然だった。
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豊かさの川に入るイメージをする中で
気づいたことがある。
私の人生には、もうたくさんの豊かさがあるということ。
安心できる家がある。
一緒に笑える人がいる。
コーヒーを淹れる時間がある。
英語を学ぶ楽しさがある。
好きなものに出会って、心が弾む瞬間がある。
子どもたちと関わる仕事があって、
「ありがとう」と言ってもらえる日もある。
それらを「当たり前」と思っていたけれど、
どれも豊かさだった。
私は、
豊かさの川に入りたいと思っていた。
でも、本当は違った。
もう、とっくに流れの中にいたのだ。
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豊かさは、
特別な出来事だけじゃない。
宝くじが当たることだけでもない。
朝、お茶の香りにほっとすること。
好きな花を飾ること。
「今日はいい日だったな」と思えること。
そんな小さな流れが、
毎日、静かに私を潤してくれていた。
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最近は、
「もっと豊かになりたい」
ではなく、
「今日も豊かさを見つけよう。」
そう思うようになった。
豊かさは、
頑張って引き寄せるものではなく、
流れに気づくものなのかもしれない。
そして、その流れは、
今日も静かに、
私たちの足元を流れている。
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安心は、土。
豊かさは、川。
土があるから根を張れる。
川があるから命は巡る。
ふかふかの土に根を張り、
静かに流れる川のそばで暮らす。
そんな毎日を、
これからも大切にしていきたい。










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