自分との和解

長い間、私は自分を許せなかった。

過去のある出来事を思い出すたびに、

「私は悪なんだ。」

「私は許されない存在なんだ」

そう言い聞かせてきた。

何年経っても、その出来事は私の中で終わらなかった。

私はずっと、

「相手に許されたい。」

と思っているのだと思っていた。

でも、本当は違った。

私を一番許していなかったのは、

私自身だった。

何かあるたびに、

「やっぱり私は悪だ。」

「やっぱり私は裁かれる人間なんだ。」

そうやって、自分に判決を下し続けていた。

私は裁判官であり、

被告人でもあった。

戦いは終わらなかった。

ある日、ふと自分に問いかけた。

「あの時、大切にしたかったものはなに?」

返ってきた答えは、

「友情」

だった。

それは「愛」でもある。

誰かを傷つけたかったわけじゃない。

本当は、大切にしたかった。

その真実だけは、ずっと変わっていなかった。

もちろん、過去は変えられない。

許されない事には変わりないのかもしれない。

だからといって、

これからも一生、
自分を裁き続けなければならないのだろうか。

その問いを何度も何度も繰り返した。

そして、ようやく気づいた。

私が求めていたのは、

「無罪」ではなかった。

和解だった。

自分との和解。

和解とは、

何もなかったことにすることではない。

責任を忘れることでもない。

過去を正当化することでもない。

そうではなく、

もう、自分に銃を向けることをやめること。

自分で自分を裁くのをやめることは、

この瞬間から選ぶ事ができる。

私は決めた。

同じ過ちを繰り返さないように生きる。
それが私の償い。

だからもう、

「私は悪だ。」

という判決を読み上げるのは終わりにする。

ふと、

「終戦」

という言葉が浮かんだ。

心の中で何年も続いていた戦争が終わった気がした。

終戦しても、傷跡は残る。

思い出して苦しくなる日もあるだろう。

でも、

大切なのは、

もう自分を撃ち続けないこと。

私は、自分の人生に、
平和を育てていきたい。

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この記事を書いた人

1991年生まれ
静岡市在住

◇ Loves ◇
*花と植物
*モルモット
*ウクレレ

◇ What I do ◇
*イラストとデザイン
*不登校の子どもの居場所づくり
*小学生向け学習塾

◇ Values ◇
*暮らしを愛でること
*好きを育てること
*安心の種を届けること

暮らしを愛でる中で見つけた
小さな幸せや気づきを綴っています。

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