誰かを傷つけてしまったことがある。
時間が経っても、ふと思い出す。
「あの人は今、どう思っているのだろう。」
「いつか許してくれる日が来るのだろうか。」
そんなことを考えてしまう。
私はずっと、
“いつか”
を待っていた。
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でもある時、気づいた。
相手の心は、
私にはどうすることもできない。
許すかどうか。
理解してくれるかどうか。
もう一度話したいと思ってくれるかどうか。
それは、相手だけが決められることだった。
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だからといって、
「もうどうでもいい。」
そう思えるわけでもない。
できることなら、
幸せでいてほしい。
傷が少しでも癒えていてほしい。
償えるなら、償いたい。
そう願う気持ちは、今も変わらない。
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そんなとき、
ハワイの「ホ・オポノポノ」という
祈りを思い出した。
「ごめんなさい。」
「許してください。」
「ありがとう。」
「愛しています。」
この祈りには、主語がない。
だから私は、この言葉を
相手に向けても、
自分に向けても唱えることができる。
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ごめんなさい。
あの時、傷つけてしまって。
そして、
ずっと自分を責め続けて、ごめんなさい。
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ありがとう。
出会ってくれて。
学ばせてくれて。
ここまで生きてきてくれて。
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愛しています。
あなたの幸せを願っています。
私も、自分を大切にしていきます。
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許してください。
あなたの痛みが少しでも和らぎ、
私も自分を裁き続けることから
少しずつ自由になれますように。
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祈りは、
相手を変える魔法ではない。
きっと、
自分の心を少しずつほどいていく時間なんだと思う。
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過去は変えられない。
でも、
これから誰かに手渡す言葉は変えられる。
これから誰かに残す温かさは、自分で選べる。
だから私は、
過去を抱えたままでも、
これから出会う人たちに
少しでも温かいものを残していける人でありたい。
そう願いながら、
今日もまた、静かに祈ってみようと思う。









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