人間誰しもが一度は持つであろう「黒い心」。
嫉妬。
羨ましい。
ずるい。
時には、「少し不幸になればいいのに」と思ってしまうことさえある。
そんな黒い感情が浮かぶたびに、
「私はなんて嫌な人なんだろう。」
そう思っていた。
だから、なくそうとしてきた。
見ないようにしてきた。
でも最近、少し考え方が変わった。
もしかしたら黒い心は、悪者ではないのかもしれない、と。
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例えば、自由に生きている人を見て苦しくなるとき。
それは、その人が嫌いだからではなく、
「私も自由に生きたい。」
という願いがあるからかもしれない。
誰かが愛されている姿を見て胸が痛むとき。
それは、
「私も大切にされたい。」
という心の声なのかもしれない。
嫉妬は、相手のことを教えているようでいて、
本当は自分のことを教えている。
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「不幸になってほしい。」
そんな感情も同じだ。
もちろん、その気持ちを誰かにぶつけることは違うと思う。
でも、その感情が生まれたことまで責めなくてもいい。
その奥には、
「私も幸せになりたい。」
という、とても素直な願いが隠れていることが多いから。
本当は相手が不幸になることを望んでいるのではない。
自分も幸せになりたいだけなのだ。
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だから、黒い感情が浮かんだら、
「なくさなきゃ。」
ではなく、
「私は今、何を求めているんだろう。」
と問いかけてみるようになった。
すると、不思議と心が少し静かになる。
矢印が相手から自分へ戻ってくる。
そして、自分の本当の願いが見えてくる。
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白い心だけを持つ人なんて、きっといない。
黒い心も、白い心も、どちらも人間らしさなのだと思う。
だから、黒い心を消そうとしなくてもいい。
ただ、その声に耳を澄ませてみる。
すると黒い心は、
自分を責めるためのものではなく、
「本当は、あなたは何を大切にしたいの?」
と教えてくれる、小さなサインだったことに気づく。
そのサインを受け取れたとき、
黒かった心は少しずつ、
自分を理解するための優しい光へと変わっていくのかもしれない。
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自分を丸ごと愛そうとするのは
なかなか難しいものだ。
でも、
理想の自分じゃない自分も、
少しだけ愛でてみる。
そう心がけることは、この瞬間からでもできる。
黒い心も、白い心も、
どちらも私を形づくる大切な一部。
自分の感情に耳を澄ませ、そこに隠された小さな願いを愛でていく。
そうして一つひとつの感情と向き合うたびに、
私の心にも、
少しずつ光が満ちていくのかもしれない。









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