最近、いくつかの天然石に惹かれている。
アンダラクリスタルや
フェナカイト。
それらはいずれも、
「真実に導く」
「真実をあらわにする」
と言われている石だ。
その言葉を見たとき、ふと考えた。
「真実って、一体何だろう。」
隠された秘密のことだろうか。
未来を知ることだろうか。
それとも、誰かだけが知っている特別な答えのことだろうか。
しばらく考えていると、心の中にぽんと一つの言葉が浮かんだ。
「真実とは、愛。」
その瞬間、自分でも驚いた。
でもなぜだか、しっくりきた。
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昔の私は、「正しい答え」を探していた。
どちらが正しいのか。
何が本物なのか。
どれが真実なのか。
そんなふうに考えることが多かった。
でも最近は、少し違う。
花を飾る。
部屋を整える。
お気に入りの石を眺める。
ガラスに光が差し込む様子を見つめる。
そんな時間の中で私が知りたかったのは、「正解」ではなかった。
本当は何を大切にしたいんだろう。
その問いだった。
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ある日、ふと思った。
人生の終わりに残るのは、
何を手に入れたかではなく、
何を大切にして生きたか、なのかもしれない。
どんな景色に心を動かされたのか。
誰を大切にしたのか。
どんな時間を愛おしいと思ったのか。
その積み重ねが、その人だけの真実になる。
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だから、
私にとって「真実があらわになる」は、
未来が見えることでも、
隠された秘密を知ることでもない。
何を大切にしたかったのかを思い出すこと。
つまり、自分の中心に還ること。
それが、私にとっての「真実」だった。
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「愛」という言葉は、とても大きく聞こえる。
実際、愛とはなんなのか、
まだあまりよく分かっていない。
でも私は最近、「愛でる」という言葉が好きだ。
花を愛でる。
石を愛でる。
暮らしを愛でる。
そして、自分自身も少しずつ愛でる。
特別なことではない。
目の前にあるものを、「大切だな」「愛しいな」と静かに感じること。
その時間そのものが、
もしかすると愛なのかもしれない。
⸻
私は今日も、クリスタルに差し込む光を眺める。
その光は、未来を教えてくれはしない。
でも、「あなたは何を大切にしたい?」と、静かに問いかけてくれる気がしている。
その問いに耳を澄ませること。
それが私なりの、「真実をあらわにする」なのだと思う。









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